この本は既に絶版になっていますが、上記リンクから中古で購入できるようです。発達とは何か?あらかじめプログラムされている通りに獲得していくものなのか、外的な要因から獲得していくものなのか?

 

発達心理学の視点から、子どもの発達について語られています。

 

また、その「発達」の視点をもって、大人はどう関わるべきか?といった立場についても触れられており、子どもに関わることを生業としているなら必読だと思います。もちろんリトミック講師も、です。

 

発達を見ていく、ということ

例えば、子どもが集団の中で獲得していくものに「社会性」があります。その中では、それぞれの主張が生まれ時には衝突します。それ自体は、自然に起こりうる過程なのですが、実際には子どもの自己的な主張のやりとりになるので、「喧嘩して仲直り」に必ずしも結びつくわけではない。

 

集団を作っていても、その時どういうルールを作っていくか、どういうことを集団の行動の基準におくかということは、なかなか子ども自身の内発的矛盾だとか、内発的動機だけからはでてこない〜中略〜そこで、そういう子どもに対して、こういうルールが人間の文化的基準として望ましいということを示すのが、教師としての役割だと思います。

 

また、子ども自身が、そうしたルールを理解していくプロセスについては、

 

(人間の成長過程の根本は)外的なモデル、あるいは外から加えられる力が自分を内的にコントロールしていく力になっていくということにほかならないと思うのです。

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と説明している。子どもが精神的に発達していく上で、大人はこの「外的な」要因として働きかけていくことになるのでしょう。それを踏まえて「発達を見ていく」ことになるのだと思います。

 

限りない満足と限りない不満

著者の知人である園長のS氏は、、自身の保育園の職員に「限りない満足と限りない不満をもっている子ども」と言っていたそうです。この矛盾したような表現は、著者の注釈によると

 

〜与えられた条件のなかでは全力を尽くして力いっぱいする。しかし、そのことによってその条件の障害や抵抗を超えてゆく、ということでしょう。

 

子どもに問題を与え、子ども自身の手によって問題を排除させてやることにより、本当の創造的な自由をとらえさせていく、ということのようです。

 

これらを発達を見ていくプロセスで見ていくと、やはり前述のように教育的立場として「外的」な要因であるべきと言えるでしょう。

 

まとめ

この本で得られることは、子どもの発達について「◯歳ではこれが獲得できる」といったマニュアル的なものではありません。発達を見ていく、「大人側の姿勢」のあり方を指し示したものです。

 

子どもを教えるにあたり、「なぜそうするのか?」といった根本的な問題の根拠になり得ます。

 

既に絶版で入手は難しいかもしれませんが、読む価値は多いにある本です。