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以下のリンク先記事より。「ふぁんふぁん」という情報誌の読者アンケートによると、園児の2割がタブレットを使用しているそうです。

 

園児の2割がタブレット使用、ママのスマホ率は約半数|サンケイリビング新聞社のプレスリリース

生活の中でのタブレット

2010年にAppleからiPadが発売されてもうすぐ4年が経ちます。いまやタブレットが珍しいものではなく、各家庭に一台という状況も、そろそろおかしくはありません。

 

最初にiPadが発売された時、ノートパソコンでもなくスマートフォンでもなく「一体、なにに使うんだ?」と疑問視されましたが、現在ではアプリの充実で多様な使い方がされています。

 

そうすると、生活の中に定着しつつある、といっても過言ではないのでは?そうするとタイトル通り「2割の園児がタブレットを使用」とあっても納得は出来ます。

 

タブレットは「遊び」になり得るか?

この「2割の園児」がタブレットで何をしているかは、上記リンク先からではあまり伺い知れませんが、まさかテキストを打ち込んで書類を作ったりと、仕事めいたことをしているとは思えません。

 

恐らく、ゲームだったり(知育系含む)、お絵かきだったりだと思います。では、これらで「遊ぶ」ことは、子どもにとって有意義なのでしょうか?

 

もちろん、「なる」と言えるでしょう。子どもが夢中になれるのであれば、「楽しんでいる」と言えます。そうすると、まさに「遊んでいる」状態になるので、そりゃあ子どももタブレットを使います。

 

しかし、こうした状況に疑問を持つとすれば「遊びとは、もっと身体を動かして…」「家の中ではなく外で遊んだほうが…」といったことでしょう。

 

私は、タブレットでの「遊び」は否定しません。もちろん、上記のような外遊びだったりも必要だと思います。

 

では、タブレットの遊びで「問題」はあるのでしょうか?

 

それは、「1人で遊べてしまう」ことだと思います。年齢が低い子ほど問題は大きいでしょう。

 

「遊び」には、生きていく上での「社会性」を育むきっかけがたくさんあります。乳児期での触れ合い遊び、ままごとなど見立て遊び、幼児期では鬼ごっこなど、とにかく親やいった他人と友達と関わって遊びます。

 

タブレット(に限りませんが)など「1人でも十分楽しい」状態は楽です。遊んでいる子どもも、遊ばせる親も。しかし、それで成長するチャンスを逃しているとなるともったいないですよね?

 

この問題は、ファミコンの時代から言われ続けていることですが(まさに私が幼児期のころです)、ゲーム機をテレビに繋いでカセットをさして、といった事をせず、タブレット一枚の画面を数タップすれば良いだけの現代のほうが「楽」できる分、わずかに問題は多いでしょう。

 

 

便利な道具は、こう活かすべき!?

こういった便利な道具が有害かというと、先ほど述べた通り否定は出来ないと思っています。結局、「1人で遊ぶ」がマイナスなイメージを持つだけで、親が、友達が一緒に関わる中では、遊びとしての機能が大きく変わらないと思うのです。

 

それなので、絵本を読み聞かせるように、一緒に大人が関わって遊んだり、友達同士での遊びに使うことは、現代においては遊びの手段が増えた、という捉え方ができるのではないでしょうか。

 

もちろん、実際に「物」に触れて遊ぶのとは体験の密度が変わります。子どもを「遊ばせる」立場としては、どこに重きを置くか?が仕事のポイントになるのでしょう。

 

遊びにおいて、実際には様々な事情で「出来ない」ことを、完全ではないが補える。タブレットにはそんな使い方ができると思います。