私の人生の中で(まだ青臭いペーペーみたいなものですが)、「成長」してきた、と実感することがあります。

 

もちろん身体的精神的な面もありますが、それよりも社会人になってから経験してきた「自己」の成長は自ら動いていった分、得てきたものが大きいと感じます。

 

具体的に言うと、保育士時代とリトミック講師時代、そして今の「フリー」の時代があります。

 

 

どの時代も、自分一人で成長できたものではありませんでした。「先人」たちの存在が大きいです。言ってみれば、最初は「真似」をして少しずつ自分のモノにしていったようなものです。「独創はまず模倣から」なんて言われていますが、まさにその通りでしょう。

 

教えられて、注意されて、諭されて、やらせてもらい「成長」に至ります。

 

それなので、下が育つには上が必要です。大人と子ども、先輩と後輩、いろんな図式に当てはまるものだと思います。

 

このバランスが崩れると…??以下の記事を御覧ください。
「深刻化する保育士不足」 NHKクローズアップ現代 | まんさく博士ブログ

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保育士が不足している現状として、私が派遣講師だった時に、ある組織で見たまんまが書かれています。

 

大資本の株式会社は、資本を自由に使うことができますので、「保育士を集める!」といったことが必要になれば、そこに資本を一気に投じて、保育士養成所や大学の保育資格を取得する予定の人達を青田刈りしてしまいます。

株式会社の中には、海外研修を売り物にして新人保育士を集めます。一度に200人も、400人も採用する株式会社が出てきました。人事担当者によって地方の養成所を総なめにし、保育士を刈り集めてしまいますので、地方の保育所でも保育士不足が深刻になってしまったという話です。

 

 

下が多すぎて上が少ない状況で、どうやって人が育つのでしょう?育ちきらない下が上にあがっていくとなると、その現場はそれはもう悲惨(な保育)です。

 

 

どんな場所でも、人が「育つ」ための「質」も考慮しなければいけないのではないでしょうか。