面白い記事を見つけました。以下、リンクです。

親として避けるべし:大学生アスリートに聞いた「子どものころのスポーツの最悪な思い出」 : ライフハッカー[日本版]

子どもへの期待が負担になることも

上記リンクの記事では、大学生に聞いた「子どもの頃のスポーツにおける嫌な思い出」について紹介されています。

 

圧倒的に多かった答として「試合終了後の車の中」とあります。車内で聞かされる試合内容について言われることについてだとされています。負けた試合だったら、なおのこと大変でしょう。

 

これについての所見として、「スポーツの中の出来事は子どもたちのものとしてチームやコーチにまかせ、親は出る必要はない」とあります。

 

親の期待からくるものでしょうが、それは子どもからすれば「余計なお世話」に感じるのでしょう。

 

リトミックでの「大人」役割は?

こうしたことは、スポーツに限ったことではないでしょう。リトミックだってもちろんそうです。

 

上記の記事の「親」は、リトミックでは誰にあたるでしょう??

まずは講師である「指導者」、幼稚園・保育園では「担任」、親子リトミックでは同じく「親」です。

 

役割は違えど、共通しているのは「子どもにこうなってほしい」「こうやってほしい」といった思いでしょう。しかし、いつもこちらの思惑通りにはいきません。

 

そうした時に「何でやらないんだ!」と憤る気持ちが出てきてしまうかもしれません。でも、それが子どもの反応であって、数ある内の表現の一つなのです。

 

リトミックでは結果よりも過程を重視します。全員が同じ方法で同じ解答に向かうのではなく、それぞれが「どう進んでいくか?」を見ていったほうが建設的です。

 

リトミックでの大人の役割は、「行き先」を導きながら「その姿」を認めていくものだと思います。

 

「何でこうできないの!」ではなく「これができるんだ、すごいね!」と言ってあげたほうが、子どもからすれば嬉しいものだと思いますよね。