ある小学生の主調「国語の説明文は上から目線の文章だから頭に残らない」

「国語の説明文は『上から目線の文章』だから頭に残らない」と主張します[中学受験合格言コラム] | 受験ニュース 【Benesse(ベネッセ)教育情報サイト】

大人の声掛け、子どもは「どう感じるか?」

以下、リンク先からの引用です。相談者からの質問の抜粋です

国語で、共感・感動できる物語文であれば得点できますが、説明文などは「上から目線の文章だから頭に残らない」と主張し、選択問題でさえ得点できません。

これに対して、回答者

〜一つ考えられるのは、筆者の表現方法が子どもたちには強すぎるのかもしれません。最近の子どもたちは、目立つことを言ったりやったりすることを避け、あいまいな表現を好みます。しかし、論説文では自分の意見を明確に読者に伝える必要がありますから、「~するべき」とか「~である」などの断定する表現が多くなります。そして、このような表現に慣れていない素直な子どもたちは、「そこまで言うか!」とつい引いてしまうのではないでしょうか。〜

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回答として「上から目線」と感じさせる論説文について、「〜である」といった言い方の必要性、そして文章を多角的に見ることの大切さがアドバイスされています。

 

私がリトミックで主に関わる子どもたちは、就学前が多いので(もちろん小学生以上も対象です)、上記についてそのまま当てはまりません。

 

しかし、子どもと関わる身としては「子どもがどう感じるか?」と声かけについて気にかけることはあります。

 

例えば、子どもが「やらされてる」と感じるような、命令の面が大きい場合は活動の流れが悪くなります。

それなので、「◯◯してみようと思うんだけど、やってみる?」と提案する形で次の活動へ繋げていきます。

 

もちろん、全ての場面において適切な方法ではないので、特に年長児クラスで課題的なことを始める時は「◯◯をします」とこちらが先に枠を作ることもあります。

 

大人も子どもも楽しいと感じることは「やらされている」ではありませんよね?いかに、子どもが主体性をもって動けるよう声掛けを出来るか。時と場合によって伝え方は変わってきますが、そこを上手く伝えられる人がプロの指導者なのでしょう。