人生、何でも前向きな方が何でも上手くいくような気がしますよね。

そういった「前向き気質」は、どこから生まれるのでしょうか?

以下、前向きさのポイントであろう自己肯定感についての記事を見つけました。

「自己肯定感」なき人生に成長は?
客観的には孤立無援・暗中模索の日々であっても、私が無力感に沈んで落ち込んだり、敗北感にうちひしがれることがなかったのは、子ども時代の「評価」「承認」があったことで感情の土台が築かれていたからではないか …

自己肯定感は「生きる」ことに直結するのでは

リンク先、著者の気づきとして以下のように書かれています。

客観的には孤立無援・暗中模索の日々であっても、私が無力感に沈んで落ち込んだり、敗北感にうちひしがれることがなかったのは、子ども時代の「評価」「承認」があったことで感情の土台が築かれていたからではないかと感じたのです。

自己に関わることについて「出来る」「出来ない」といった判断するのは自分自身です。

しかし、過去の経験が無意識に判断をしている場合があると思います。

子どもの頃の経験、「出来た!」という成功経験が、これからを生きていく土台になり得るはずです。

それこそが、自己肯定感なのではないでしょうか?

リトミックで子どもと関わる大人は、子どもが受ける印象を意識しておくべき

私の経験として、こんな事があります。

幼稚園の頃、スイカ割りで見事に棒を当てた事について、片付けの際に何気無く「さっきのすごかったね」と言われた事が、ものすごく印象に残っています。

恐らく、先生からすれば大した会話ではないでしょうが、自分にとってはとても印象的なことでした。

今、子どもを教える側になり、こちらとしては「何気無い一言」が、あとあと子どもから「そういえば(前に)こんなこと言ってたよね」なんて言われたりします。それは、たいてい「褒めたこと」についてです。

もし、こちらが何気無く言ったことが、実はその子の人生観に「ちょっとした」自己肯定感を持たせることになるかもしれないなら?

または、その逆なら?

子どもに関わる大人は、何気無い一言にも気を配るべきですね。