以下に触発されて今回の記事を書きました。

 

巨匠・宮﨑駿に学ぶ「完璧主義の罠」を克服する方法 : ライフハッカー[日本版]

 

 

私はリトミックを教え始めて1〜2年の頃、指導案を作る際に「これでいいのか?」をたくさん繰り返し、良いのか悪いのか分からなくなることがありました。

初心者の頃ほど完璧を追い求めやすい?

「失敗をしてはいけない」と責任を持っているからこそ「完璧にしなければ」と感じてしまうことがあります。

しかし、今だから言えるのは「経験が無いのだから、完璧を求めてもしょうがない」ということです。その時点で、出来る限りの力を尽くすことはもちろん大切ですが、(私の経験から)ある「ギャップ」に悩まされてしまうことがあります。

経験の少なさから子どもの動きに対して「予測・見通し」が立ちません。それなので、作った指導案が机上の空論に陥りやすいのです。

また、この頃はレッスンで習ったことや本で読んだことことを出来ている「つもり」になっていたりします。そうして張り切って活動してみると、まったく思い通りにいかずガッカリして落ち込んでしまいます。完璧だと思っていてこのギャップでは自信を無くしてしまいます。

経験をある程度積んでくると、「これは今の様子じゃ無理だな…」「ここであの活動を入れたほうが良い?」と「自分の経験」から活動に見通しを付けることが出来るようになってきます。

そうすると、おのずと無理をしなくなり「まあ、今回はここまで出来れば上出来でしょう」と余裕が持てて結果的に完璧を目指すことは無くなります(短期的な意味で、もちろん長期目標で考えていくこともします)。

指導案づくりで完璧を求めないために思っておくこと

 

・完璧を求めても必ず覆される
子どもを相手にするということは、こちらの予想通りにいくことは少ないです。「何で言うとおりに子どもが動いてくれないの?」と思う前に、「どうやったら子どもに伝えられるのか?」と考えておいたほうがよいです。

・指導案は「記録」であり「台本」
そもそも指導案を立てる理由は、活動の目標や流れなどを決めるということですが、「何を何のために行うのか?」と自分の頭を整理するためにもなります。そして、記録として自分や現場に残すためでもあります。

また、上記の通り全て予定通りに進められるわけではないので、ある程度道筋を決めておく「台本」と思っておいてよいでしょう。

・失敗の経験からネタの引き出しが増える
そして、たくさん「失敗」をすることをオススメします。「あれはダメだったか…」と失敗が一番心に残り、「なぜダメだったのか?」と振り返りをもって血肉となり、自分のものにしていけます。

そうすると、自分の中に引き出しが増えていき、アドリブで展開させていくことが出来るようになってきます。そうなると、1から100まで綿密に決め込んだ「完璧な指導案」は必要ではなくなり、「目標」と「大まかな流れ」といった土台部分のみで活動を進めていくことが出来るようになってきます。