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蘇るペーペー時代

先日、小学校以来の友人と10年ぶりに(こういった、数える年数が二桁になることが当たり前に感じられる事が個人的に驚き。オ ッ サ ン で す !)会って飲んでいた席での事。

 

お互い、自分のこれまでの境遇を報告しあっていてら、駆け出しの、ほんと見習いもいい頃のリトミック講師である自分を思い出す事に。

当時、苦労していたことが鮮明に(半ばトラウマ)思い出されました。

元々、私は保育士でしたが、それ以前にかじっていた音楽経験もあり、リトミックを知ってからリトミック講師に転職するまで時間がかかりませんでした。と、いうくらいリトミックが魅力的だったのです。

 

とはいえ、当時まったくピアノが弾けませんでした。保育園の年末の発表会で、ものすごい緊張しながら、つたない「♪幸せなら手をたたこう」を弾いたくらいです。

 

それでも、リトミックの世界に飛び込みました。「嫌でも弾かなきゃいけない環境に飛び込んだら弾けるようになるでしょ」といった楽観的なものでした。これは自分の性格で長所なのか短所なのかよくわかりません(とはいえ、現在そのおかげで色々と色々良いですが)。

 

リトミック講師となり、すぐさま洗礼、というか当たり前の事態に陥るのですが、全く活動にならず現場で白い目で見られるようになりました。

 

今でも思い出される午後の喫茶店、数時間後に始めなければいけないリトミックの指導案を「これで本当にいいのか?」と自問自答を繰り返しながら、メモ帳をまんじりともせずに見つめている様子。とっくに冷めたブレンドコーヒー。

 

基礎が無いと上には何も出来ない

前置きが長くなりましたが、基礎は大事です。お腹痛くなるくらいメモ帳を眺めていても、何も妙案は浮かびませんでした。当たり前です。それまでの基礎が薄っぺらいから、何も生み出しようが無いのです。

 

基礎は積んでいくものだと思います。無意識に出来るくらい繰り返し積んだ(練習、勉強、経験など)基礎は、気づかぬ内に見晴らしの良い景色になり、余裕で物事を俯瞰できるでしょう。今なら当時の指導案を見て、幾つもの修正を加える事ができると思います。

当たり前に思うことを繰り返して当たり前に

一番最初に身につけなければならないのが基礎。

一番身につきにくいのが基礎。

一番最初に身に馴染むのが基礎。

一番ないがしろにしがちなのが基礎

一番最後に気がつくのが基礎。

 

だと思うので、自分の「基礎」への振り返りは必要です。

遠回りしないためにも。

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