デンマークでのインタビュー記事、前回は「学び」というテーマになりました。
http://hibikina.com/?p=3842
今回は最後のインタビューです。コペンハーゲン中央駅から数駅はなれたAlbertslund駅近くにある特別支援学校を訪問しました。
【mormormorさんのプロフィール】
“mor(モア)”とは、デンマーク語で”お母さん”のこと。 “mormormor(モアモアモア)”は、しあわせな国デンマークの教育現場で働く”mor”、 日本人お母さん3人のユニットです。
タンブル有田妙(ありた たえ)さん
コペンハーゲン近郊、緑豊かなアルバスルンド市にある、知的障害をもつ自閉症児のための 特別支援学校に勤務。同校は”TEACCH”(自閉症スペクトグラム障害の人へのトータルアプ ローチ)の理念に基づいた教育が行われている。現在中学部の担任。子どもを育てることは、信頼してどう手放していくかを考える事とも思い、思春期真っ盛りの生徒達と向き合う日々。
趣味は陶芸。好きな動物は猫。無類の食いしん坊。2年前に離婚。子育ては、元夫と一緒に継続中!13歳と11歳のボーイズと、楽しくも激しい、愛とバトルの日々を送る。神奈川県横浜市出身。
幸せへの気付き、軸を持つということ
ーーー 日本の教育って学力重視からきたところから、「いやいやこれからはそうじゃない」と人間性重視の方向へシフトしていってます。
それはもう学校だけではなく保育園や幼稚園から一貫して繋がって目指せるように法が改正されていってます。そうすると、次の教育のスタンダードを目指すために「日本の教育は時代遅れ」から、例えば「これからは北欧のやり方が正しいんだ!」となるかもしれません。
とはいえ、北欧は北欧で苦労や問題もあるだろうし、こっちはまだ北欧のいいところしか見てないから、安易に「よそは素晴らしい!」となるのは盲目的になっているのでは?そういうのが固 定概念になっているのではないか?と思います。
なので、日本の教育が間違っている、とかではなく単に「それはそれ」ということ。なんにせよ、直接見に行って、話を聞いて初めて自分はフラットに物事を考えられるのでは?と思いました。
たえさん:ちなみにどういうところが「北欧はすごい」ってなるのでしょう?
ーーー 福祉国家というところ、ですね。
たえさん:ゆりかごから墓場まで。
ーーー そう、教育の内容や方向性、つまり子ども中心に進めていく、そういうところですね。「やらせる」というところが少ないように思えます
たえさん:うんうん。それで日本は「ゆとり教育」っていのが始まって、それで失敗したとか色ん な方面から叩かれて…
ーーー あれも「失敗した」と思われてるのは「分数の計算もできなくなってしまった」というような 、学問的な部分での評価で「これは失敗だ」と言われてるけど、そういうところではない部分を伸ばすための「ゆとり教育」だったんじゃないの?というか。
たえさん:そうそう、じゃあ他に伸びたところがあったのかは、評価したのでしょうか。表面的に学校 の休みを増やすとかではなく、「ゆとり」の時間を作ることはひとつの方法でしかないわけで、何を目的にしているか?ということを忘れがちになってしまう、というのはあるかもしれないですね。
ーーー 日本って徹底的な縦社会じゃないですか。年功序列とか。そうすると、世代が変わらない と教育観のようなものは変わらないのでは?と思います。
たえさん:ただ、世代が変わっても必ず同じような人は出てくると思います。 あと例えば世代交代を待つといっても、結局「今の世代はだめだ」って言ってるだけのことになっちゃう心配もあります。やっぱり自分の親、その親の世代から学ぶべきことってすごいたくさんあります。「うちの上司はダメだ」って言ってる時点でもう、変える気ないのかな?って。
ーーー なるほど、確かにそれだと思考停止になっちゃってますね。
たえさん:そうなんです。私が最近思うのは、たしかにデンマークは社会福祉国家で、すごく手厚いシステムもあるのは事実です。
でも、ただ単純に日本もシステムを導入すればいいのかというと違うと思う。政治家になったり、国に食い込んで行ってそういうところを目指したい人はどんどん勉強して、やっていくべきだと思うけど、私たち現場の人間は、もっと個人のレベルで、世界とつながっていくことが大事なのではないか、今、自分たちが正しいと思い込んでいる「感覚」を変化させていかなければいけないのではないだろうかということを、日本の人と一緒に考えたくってmormormorの活動を始めました。
日本では、今、色んなところで、「幸せな北欧の様子(女性の社会進出、労働時間短い、残業なし、etc)」を語る講演会やレポートがありますが(私達のお話会も含めて)、「デンマークってすごい国なん ですね!でも、日本では難しいです。」という感想をきくと、すごくもったいないと感じます。そうではなく、“私”が「どのように世界を見ているのか?」といった自分自身の視点と向き合う。
そして、物事は、「良い・悪い」という判断ではなく、もっとたくさんの方向から見れることに気づいて、自分の感覚を揺らしていって欲しい。そうやって、世界をどんどん広げていってほしい。
ーーー いってみれば、「経験」みたいなものですよね。直接その場に行かなくても当事者から話 を聞けば、それは経験になるじゃないですか。そこでやっと色んな視点に気がつけますよね。
たえさん:日本人の多くは「正しい・正しくない」という絶対的モラルのようなものが自分たちの中にあって、 それが形式的に教えられてきているように思います。それが悪いわけではないのですが、「正解 はひとつだけじゃないよ」って。
ーーー 日本だと、そういう部分はもう文化というか「システム」のようになっていて、そこから 抜け出すのは難しいのでは?と思います。全体の空気を大切にする分、個人がないがしろになりがち、というか。僕は今回デンマークに来てmormormorの3人とお話ししていて、とてもみなさん「個人」がしっかりしている、という印象を受けました。
たえさん:「自分軸」というものでしょうか??
ーーー はい、それです。ちなみにたえさんは日本にいた時から、そのような軸のある人間だっ たんですか?
たえさん:私!?とんでもないです。「豆腐メンタル」だって、友達からも言われるし、自分でも言ってます(笑)。
ーーー (笑)
たえさん:なにかあると、もう、すぐ泣いちゃうよ、みたいな感じだから、ほんと自尊心が低くて、みんなから笑われます。(今も)そんな変わるものではないですよ!
ーーー でも、考え方として「こういうの(色んな視点をもつ)もあるんだ」ということに気がつけた、という部分はこちらに来てありましたよね?
たえさん:そう、こちらにきて、日本で正しいと思っている価値観が崩されて、「あ、これはありなんだ。わたしもわたしでよかったんだ」という“ゆるし”を感じました。
それは、大きなカルチャーショックでした。ただ、それは、異国人としてこの国に来て、色んな価値観に揉まれて過ごしたことによるものなので、デンマークが、パラダイスかというと、そういうことではありません。「幸せな国・デンマーク」に日本人が全員引越 してきたら、みんな同じように幸せになれますか?というと、NOです。
日本人とデンマーク人では価値観がそもそも違う。日本の価値観のまま、この国に来て も、ちっとも幸せは感じられないかもしれない。 Amazonなんてないですよ!?(笑)当日配達なんてないし、再配達なんてしたら¥6000くら いとられますよ(笑)。がん患者だって、手術を2ヶ月待たされるということもあります。
1人ひとりが今この瞬間に幸せを感じられるか?というところに着目するんだとしたら、 どんな国にいようと、どんな状況だろうと、自分がそこで幸せを感じられ る力を持っているかどうかっていうところじゃないかと思います。その力を育てていく、心の教育(人間教育)を、デンマークでは重視していると思います。
ーーー 現場では個人へのフォーカスを重視している、ということでしょうか。
たえさん:教育現場っていうと学校ですよね。もちろん幼稚園、保育園もだし高校、大学とあり ます。でも、実際の教育現場って家庭だったり自分が関わっている職場だったり全てですよ。
自分がいるその瞬間ひとつ一つの状況、「いい・わるい」の判断もなく自分にフラットに入ってくる 全てのことが教育の要素だと思います。 ワールドハピネスレポート、その国の幸福度を計るレポートが出た時に、デンマークやノルウェー、 スウェーデンあたりの北欧の国がトップを占めていますが日本は低いランクに留まっています。
それと同時に、日本人の子は、特にティーンエイジャーの子達は孤独を感じているというレベルが 高いというユニセフのレポートを読んだことがあります。孤独を感じてる状態ってどういうことなんだ ろう?って考えた時、自分と世界とのつながりを絶っちゃってるってことなんだろうと思います。
それってなんでかといえば、自分を大事に思わなかったら世界って別に繋がってなくてもいいことになっちゃうからなんでしょう。自分は世界にとって大事だと思えば、どんどんつながっていかなければいけないわけですから。
セルフスティームが育ちきっていない、私はいてもいなくても同じと感じてしまう。そういうのはデンマークでは 少ないと思います。自分ありき!みたいな。
ーーー そこが前提としてあるから、北欧の教育観が成り立っているのでしょうね。
たえさん:結構、いいかげんです(笑)。子どもに任せる!
ーーー でも、そうですよね。「やらせてる」っていう雰囲気は少ないと思いました。
たえさん:でも、「まかせる」も「やらせる」もどっちも愛情だとは思う。日本のお母さんたちは愛情がないから「やらせてる」のではなくて、愛情が有り余りすぎて、お膳立てしたくなっちゃってるだけなのかもしれない。
ーーー なるほど。
たえさん:だから、「良い・悪い」は別にしてっていうことなんです。それが「悪い」って言っちゃったらそれで止まってしまう。悪いのではないんですよ、「愛」は「愛」なんだから。
でも、違う「やり方」もありますよ、っていう話。こんなやり方をすると、こういうふうなことも起きて来ますよ、という。だから、今の価値観に縛られて、「こうやったらダメなのではないか?」という罪悪感を減らしていくことが大事なのかな、と思います。
ーーー 罪悪感を減らす。
たえさん:そう、「これをやったらいけないんじゃなか?」とか「遅刻したら自分はすごい悪い」 とか。
ーーー それって評価の基準を外に求めてるってことですよね?周りや他人が嫌な思いをしないようにモラルを徹底しているということですかね。
でも一周回って、それは自分のためにやっていることだとは思うんですけどね。こう、「(そのことで) 自分が嫌われたらどうしよう」と面倒を回避するような。
でも、外に評価を委ねて自分自身は納得をしてないと、いつまでたっても報われることがないから、それが罪悪感につながるのかもし れないですね。
たえさん:反応をしてるんですよね。常にreactなんです。actではない。相手の行動やレスポンスにいちいち反応するから、そうなってしまう。
もちろん無反応でいるということではなくて、なにかactionを起こすことは大 事です。ただ、「相手がこうだから」ということに対する反応で動いていくのではなく、それはそれとしてそのままを受け止める。それに対しての判断をしない。
その状態におかれた自分がどう動くかを、こうありたいと思う自分自身に問いかけて、決めていく。「act not react」です。その練習を、普段からしていくことが一つ、大事なことだと思っています。
ーーー そう、だからmormormorのみなさんとお話していて思うのは、個人の人間力、とかそう いう部分への気づきをもっと広めたい、ということを感じるんですよ。でも【デンマークのmormormorさん】となると講演とかではそういった部分ではなく、もっと「福祉の国!」といったお話を求められたりしてジレンマがあるのではないですか?
たえさん:割と自由にやらせてもらってます。でも、お客さんの層によっては教育の話の割合を増やすか、社会全体の話を、というご要望を頂くこともあるので、どこにフォーカスをあてるかは考えていきます。もちろん、内容によってはお断りさせてもらうこともあるかもしれませんが。
ーーー やはり「軸」はあるのですね(笑)。毎年講演をされてますが、去年(2017年)と今年 (2018年)で考え方やテーマが変わってきたなんてことはありますか?
たえさん:ん~、というより去年のところからもっと膨らませてみよう、ということがあります。 たとえば、去年は「人生の舵は自分で取る」という話をしたのですが、今回はもっと深くお話しするつもりです。
たえさん:私たちは一緒に育っていきたいし、考えていきたい。だから、「デンマークはここが 素晴らしい。日本はダメだ。」という目線から話したいことは一切ないです。私たちも日本人として戸惑うことはいっぱいあるんです。
ーーー 今でも?
たえさん:はい、あります。それで、日本人(今までの自分)の感覚や視点だけで、物事を見てると、けっこうしんどいことが多い。それで、違う視 点や考え方を自分の中に増やすことで、同じ現象が起きているのに、ものすごい幸せにそれを受け止めることも 出来ちゃうんだ、ということに気がついちゃった(笑)
ーーー 「良い・悪い」の判断ではなく、自分の中で視点を増やして対応するということですね。 たえさん:そう、だからデンマークがよくて日本は悪い、っていうのも一切ないです。
mormormorさんとお話して気がついたこと
当初デンマークに来た理由として「北欧の実際の教育ってどんなもの?」という疑問からはじまりました。
環境が違うのか、なにか特別な方法論があるのか。でも、mormormorさんとお話を進めるうちに「どんなふうに生きる?」といった自分を見つめていく機会になっていることに気が付きました。
まず「自分」を大切にしているのです。
そして、自分がどうしたいかを「言える」ことが社会として当たり前になっている。
こうした土台があっての「北欧の教育」なのでしょう。
とはいえ、これは「こういうものもある」という一つの事実にしかすぎません。
これからの教育を考えるには、自動的に「よい・悪い」と評価をするのではなく、自分はどう思っているのかと思考に気がつけることが大事なのだと思います。
それが必要とされる非認知能力というものなのではないでしょうか?
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